言葉づかいが願望実現の決め手

言葉づかいが願望実現の決め手

僕は昔トラックの運転手をしていた。
魚屋だったから鮮魚をトラックで運んでいた。

トラックだと背が高いから向こう側の信号まで見えてしまう。
ずっと向こうの信号機が青や赤になったとわかる。

このまま減速しなくてもいけるとわかるのに、
前の車が止まってしまう。そしてなかなか発車しない。

そんな時「オートマなら踏むだけだろうが!」と
すぐイライラしていた。いつもイライラしていた。

怒るのが悪い。イライラする気持ちが悪い。
それがなかったらいいだろうなと思う。

でも前の車が行かないのが悪い。外国のように
バンパーついているからぶつかってもいいんじゃないか思った。

まるでそれは外の出来事のせいのようだ。
でも実はそうではないんだ。

だから僕は言葉を変えるようにした。

右折車線に入ったらもう
「この信号では行けないな」とわざわざ言う。

もし、その時スーッと流れたら、
「アレ?進んだ!超ラッキー!」となれるし、

逆に「この信号では行けないな」と最初に言っているから、
「ほら思った通り。オレって超ラッキー」となる。

こうすれば、どちらでも超ラッキーだ。

そういうふうに、
世界は、あなたの言葉で意味が変わっていく。

世界を決めているのは、言語と感情と君の器による。

つまり、あらゆることは
あなたの言葉が価値と意味を作っているということ。

失敗から西洋占星術に目覚めた

僕の親は仕事を失敗し全財産をなくした。
しかも3回もそれをやった。よく潰すなと思う。

僕が小学校の時に1回目、高校生に2回目、
そして最後の3回目だ。さすがに占いに興味が出た。

この親はおかしい。
こんなに失敗が続くわけがないと思った。

1回目は状況がよくわからなかった。
僕自身が小学校小低学年だったということもある。

しかも親は会社を作る前は企業の監査をやっているような
サラリーマンの税理士で、立ち上がった企業の支店が
うまくいったら次へと全国を転々とした。

ひどいときは1年に3回。
今だと単身赴任しろよ、という感じだけれども、

当時は家族一緒に行くのが当たり前だった。
だから引っ越す事自体は抵抗なかった。

でも、倒産した後は違った。
魚屋に転職し、うまくいったなと思っていたら、

ある日、会社を立ち上げた時から一緒にやっていた
僕もおじちゃんと呼んでいた人が全財産を持って逃げた。

これが1回目だった。そしてなんやかんやで3回倒産した。
最初の1回目だったら、才能や人徳がないんだろうなと思えた。

しかし、2回、3回と潰れて明日から住むとこないと言われると、
さすがに興味が出る。人生に対して、時間と空間に対して。

占いとは、その人の誕生日の日にちと時間から出した天体図で見る。
この人は失敗しそうだと、そして当たっていた。

西洋占星術や成功法則に僕が興味を持ったのは、
こういうところからだった。

大事なのは「生きていかなければいけない」ということ

僕は親に抵抗し、反発していたけれども、
こういう世界に入っていったのもある意味親のせい。
だから、今ではちょっと感謝している。

どんな運命に翻弄されていようとも、内側で自分を
立て直したらいいのだと子供の頃から必死になって考えていた。

小学校2~3年から情報を求めて図書館に通っていた。
占いの本、哲学の本、成功法則、願望実現について考え始めた。

大事なのは、嘆くことじゃなく、
生きていかなければいけないということだ。

親を捨てて1人だったらどんなに楽かと思っていた。
この家に住んでいなければいけないのかと。

ある意味、親を憎んでいたかもしれない。
貧乏くじを引いたかのように、損させられたかのように。

豊かな時はあった。何でも買えた時もあった。
でも全財産無くして寒空に放り出された。

手に入るものがいくらあっても、状況が一変したら
放り出されるのだと子供ながらに知ったのだ。

おもちゃや本をいくら買っても、
全てを置いて着の身着のまま逃げなければいけない。
物など持ってはいけないのだ。

だから、なんのために働いて稼いで、
頑張らなきゃいけないのか・・・?

そんなこともずっと考えてきた。

発する言葉をチューニングする

「生きてりゃなんとかなる。」

僕が小学生の時には、自分にそう言い聞かせていた。
その時の財産はそれしかなかった、

自分の中で使っている言葉をチューニングしていこうよ。
なるべき嫌な気分になることを避けて。

不幸がやってきたり、嫌いな人がいたり、
足のすねをぶつけたりと、嫌な気分になることはある。

でも、その時に発する言語はあなたの自由。

状況がコントロールできなくても、
あなたがそのことに対して価値観を作るように評価づけ、
発する言語は誰にも求められない。あなたの自由だ。

それが神様がバツを与えようが、前世で決まっていようが、
理不尽な暴力にさらされようが、言語は止められない。

その意味においては運命は私のもの。

人に自由意識はあるのだろうか?
少なくとも「何かを言う」のは自由だと思う。

あなたの自由ですよ。そこに突破口がある.

(清水義久先生のフェーズ4西洋占星術&惑星タリズマン講義メモより)

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