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【日本の宗教】永遠の存在「仏陀」を語る法華経の歴史的背景

法華経には、このような人種的背景と歴史的背景があり面白い。

大乗仏教の流れは、ブッダと共に生きていた人たちがほとんどいなくなってから、出来た。遠い昔の人で、伝説になった話を、お弟子さんのまたそのお弟子さんが、編纂していく。そして、インド人、中国人の手を経て日本に入ってくるのだ。そこにはインド人、中国人、日本人の考え方の違いがあり、歴史的書物の扱い方は違っているがために。

インド人は、本質にしか興味がない。一番びっくりするのは、歴史の概念がないのだ。興味がないのです。正しいことは何なのかということを追求している人にとって、歴史的な発展に対しての考えや途中の仮説は間違った答えにすぎない。

数字を解くとき、本当の解き方に気づき、解けた瞬間から経過はいらない。本質的なことがわかれば、何千年たっていようが、それは今。歴史的実証主義は通用しない。

計算した答えがすべてという所があり、だからこそプログラミングは得意。インド人がパソコンをやりだした今、他の民族は追いつけない。コンピュータの分野、少なくともソフトの分野では、勝てないだろう。だてに、ゼロを発明した民族ではない。

お経の原文はサンスクリット語で書かれている。最初はインドの言葉で最初は書かれていた。西遊記の元にもなった三蔵法師は、インドから何万巻も及ぶお経を持ち帰り、その持ち帰った書は、玄奘三蔵や鳩摩羅什という天才訳経僧により中国語に翻訳される。

中国人はとてもわかりやすい。中国が一番。中華とは、真ん中の花であり、世界の真ん中に中国という真ん中があるという意味だ。しかし原文は一つも残っていない。日本人なら普通残しておくと思うだろう。国をあげて、歴史的文化遺産をシルクロードから持ってきたのだから。しかし、中国人は、中国語訳ができたら、捨ててしまう。

インドの言葉より凄い中国語で翻訳したのだから、サンスクリット語の原文は、要らないと捨ててしまう。いかにも中国らしい。

そして中国語に訳されたお経は海を渡り日本に入ってきた。日本人、この人たちは何をするかというと、何もしません。漢文だからそのまま読んでそのまま使う。その代り捨てることもしない。入ってきたものを、そのまま保存し、そのまま使う。日本語にもしないのです。お経が入ってきて以来、一度も日本語に翻訳していない。ある意味凄い人種です。
こような人種的背景を経て、法華経は日本に入ってきた。しかし、法華経というのは長文で出来ているがゆえに、実は前半・中半・後半の3種類のテキストが混合されており、しかもそれらは異なった歴史的背景を持っていた。

天台宗の実質的な開祖である天台智顗は、法華経の中に仏教の教えが全てまとまって入っていると考えた。仏教の教えは、仏陀が作った内容が時代ごとに変化し、禅も密教も全てブッダが説いたと思った。

ほとんどのお経の最初には、仏陀への問いかけと回答。問いかけているのは、弟子のアーナンダだったりシャーリプトラで、「私は、仏陀にこのように聞きました」という文章で始まっているがゆえに、仏陀がこういったと素直に読んでしまった。しかし、これは時代的考証がされていないインド人の影響だ。

全てを読むとそんなことはないだろうと突っ込みどころ満載だが、すべて仏陀が作ったとされているが故に何が起こるかというと、矛盾が起きるのです。

そのため、天台智顗はどうしたかというと、仏陀が5段階で成長し、最終結論は法華経といった。そういう流れを踏んで、この頂点を極めていると考えられている法華経に何が書かれているかというと、このお経で、初めて仏陀が如来になるのです。

釈迦如来として認められるのは法華経だけであり、法華経からなのです。そして、その中で、仏陀というのはシッタルダとしての個人の存在。個人の命として人間としては死んでしまったが、その後何度も輪廻転生をし、その都度悟っている素晴らしい存在であり、永遠の存在としての仏という感覚が出ています。

(2011.11.23 法華経セミナーより)



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