【断易・周易】なぜ「気功」の教室か

僕の教室には「易経の教室」とは書いていなくて、「気功」の教室としている。

あるがままに、自分の人生を受け入れましょうというのが大前提。

そのあとあなたが立ち上がり、他の人生を歩んでいくのもよしとする。

そのときあなたは魔法使いだ。

あるがままに受け入れているということじたい、普通の人とは違う。

自覚だよ。自覚。

あるがままに受け入れている人は、今のつらい人生を受け止めるよう、自覚している。

状況のせいにしていない。周囲のせい、地縛霊のせい、社会の潮流のせいじゃない。

時の流れがどうであろうと、不幸であろうと、にっこりわらって。

道教でいう「タオ(道)」の達人なんだ。

「いろんなことで、乱れすぎじゃない?」

その上で、どこかにいこうと、立ち上がるわけでしょう。

だから、朝起きたとき、なにもしないわけにはいかないのですよ。

自分の手の中に、自分の人生をとりもどすためのトリガーを作るんだ。

(清水義久先生 フェーズ4断易・周易セミナーより)

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